【対談:空き家対策】一級建築士 荘司さん

 荘司さんは、15年以上前から一級建築士の育成事業を全国展開し、毎年1,000名(限定)の受講生を抱える他、大学で建築学生向けにキャリア・デザインの講義も行っています。現在は、卒業生を中心に全国各地の建築業界におけるイノベーション事例を取材してまわっています。

本日は空き家対策を中心に、最前線で活躍しているプロフェッショナルとしての意見を聞かせていただきました。

 

【建築のあり方が変わってきています。】

「 従来は、一つの敷地内に一つの建物を建てることだけを考えていましたが、現在は、街のエリア全体で建築を考えて、建築的に新しい価値を生み出していく時代になっています。」

例えば道路が狭く、入り組んでおり、さらに、住宅や店舗が密集しているエリアでは、空き家を単体で取り壊して再建築しようとするとコストがかかりすぎるため、対策がとれず、空き家のまま放置されやすいとのことです。

空き家対策を考える際、それ単体で考えていてもソリューションとして弱く、代りにエリア全体としてとらえて、エリア全体の価値を高めることが重要で、最近では事業者を中心として、行政、商店街、NPOなどの街づくり団体とが連携しあい、「街ぐるみで空き家活用による地域の活性化を考えて」、成 功している事例が出てきているとのことです。これを儲かるエリアづくりというそうです。(ここでいう「儲かる」とは新たな価値を創造するという意味)

(*教えていただいた成功事例の一例を本文の最後に記します)

「空き家の活用が難しいエリアほど、逆に活用するチャンスでもある」とのことでした。

それは、再利用が難しいエリアほど地価が安いから活用しやすいとの理由でした。

「そういったエリアでは、事業者は、安く空き家物件を借り上げることが出来ます。購入するのではなく、一定期間、所有者より借り上げさせていただいて、改修費用などば事業者が負担します。したがって、建築コストについて所有者の持ち出しはありません。その代わりに返却するときは、原状回復せずに返却させて頂きます。所有者にとっても資産価値が高まった状態で返却されることになるので、お互いにとってメリットがあり、所有不動産を貸していただきやすくなります。」

その場合、事業者のリスクが大きい分、そういった事業者を見つけるのは大変なのかと思ったのですが、

「そうでもありません。建築設計事務所や施工会社が事業者となるケースが増えています。今の建築業界は建築技術者や職人などの人材不足が深刻化しており、従来の設計業務や施工業務をしていても利益を生み出しにくくなっています。それに建物が余っているにも関わらず将来的に人口は減っていく訳だから、新築需要も激減していくことが予想されています。そういったことから、自ら事業者となろうとする動きが活発化している」

とのことでした。

儲かるエリアづくりを実現させるにあたり、コスト上、一番のポイントとなる建築費ですが、コスト・マネージメントを得意とする設計事務所なり、施工会社が取り組むことで、合理的に利益を最大化でき、従来のように建築費として収益を上げるのではなく、運営による事業収益を継続的に得られることで、受注産業構造からも解放され、年間の収支予測もたてやすいといったメリットもあるようです。


【空き家の統計について】

国の調査によると、空き家の数は、平成25年時点で東京都内に空き家は約82万戸あり、空き家率は11%前後を推移しています。(平成10年からほぼ横ばいです)

(参照:東京都都市整備局)

http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/juutaku_seisaku/akiyashisaku.html


【東京の空き家は少ない?】

全国の空き家率をみると、東京都の空き家率は10.9%と、全国6位となっています。

最も低いのは宮城県の9.1%で、最も高いのは、山梨県の17.2%となっています。

(平成25年「住宅・土地統計調査」による。次回調査は30年に予定)

http://www.stat.go.jp/data/jyutaku/topics/topi861.htm

東京都の空き家ですが、10軒に1軒が空き家という現状です。

【新宿区における可能性について】

新宿区内でも賑わいのあるエリアもあれば、そうでないエリアもあります。

賑わいのないエリアで儲かるエリアづくりを実現することは本当に可能でしょうか。

「谷中の成功事例(エリア全体をホテルと捉える)で考えれば、新宿区内全域を一つのエリアに見立てればいいと思います。もしくは近隣の区や23区全体を巻き込んで、一つのエリアとして考えるのではなく、スポットとスポットを繋いで、それらのネットワークによって活性化を図る方法もできると思います(タイ料理、タイ雑貨、タイ式マッサージ、ムエタイ観戦ツアーなど)。この話は新宿区内で完結できる話ではないので、都政の協力が不可欠です。」

都政としてできる具体的なことについても、示唆に富む意見をいただきました。

「大きなエリア全体で捉える取り組みは、特定の事業者が資本投下して行うのではなく、そのエリア内で暮らす住民の皆さんや、そのエリアに魅力を感じている皆さんを中心にファンドを組み、それによって事業資金を調達し実施していく形が理想です。まちが活性化することによって事業益としてのリターンを住民が受け取れるからです。これは単に金儲けが目的なのではありません。

ファンドに参加するかどうかを悩んだときにそのエリアについて調べたり,自分たちの暮らすエリアのポテンシャル(潜在的価値)について本気で向き合うと思います。そういった形で地域との関係性を強めたり、そのエリアの成長を楽しみたいと考える住民は以外と多いように思います。自分が暮らす街にあるスポーツチームを住民たちが積極的に応援するような感覚です。

さらに、そのエリア内にある企業経営者たちも巻き込み、こういった取り組みに興味ある者どうしが集まって、勉強会やワークショップを重ねていきます。それによって地域コミュニティーも強まり、郷土愛的なものも芽生えやすくなるのではないでしょうか。

そして、実際にプロジェクトが始まれば、ファンドに参加されている方たちが中心になってSNSなどを通じて積極的に広報してくれるでしょう。こういった動きを民間で主導するのは非常に難しい。区や都のバックアップ がなければ実現は不可能でしょう。」

荘司さんからは、

こういった動きは利己的ではなく、利他的な発想で忍耐強く社会デザインに挑戦し続ける姿勢が必要で、都政の中でそういったムーブメントを起こす為に頑張って欲しいとエールもいただきました。


【住まいとしての空き家問題について】

「空き家の問題ですが、特に一軒家に住んでいる方にとって、隣の家が空き家で放置されたら、時を経るに連れ、荒れ放題となっていくため不安がとても大きいです。また実際に物件の価値も下がります。」

空き家が引き起こす問題は、老朽化による倒壊、放火による火災といった危険を生じるものや、景観の悪化に伴う物件価値の減少、雑草等の生え放題からくる蚊や虫の発生等、実際 に住んでいる方の安心安全、快適な暮らしに脅威を及ぼしています。

東京都では、本年、東京都空き家対策連絡協議会を設置し、つい先日、平成29年5月25日に第一回目会合が開催されました。

協議会では、空き家の適正管理及び利活用等の推進等、空き家対策に取り組む区市町村に対し、他自治体の取組の情報共有や専門知識の習得等をはじめとする技術的支援を行っています。


【実際に動いてモデルケース作ることが大事】

空き家対策には、本日お話をいただいたように、地域に根付いている人が中心となって、街ぐるみでエリア全体の活性化をはかり、新しい価値を生み出していくことが重要だと思います。

荘司さんの考えでは、「一番難しいところから進めれば良い」とのことでした。

行政の後押しが少しあるだけで一気に進む例もあるとのことで、政策に加えて地元の人と、専門家や関係当事者を繋いでいくことが求められています。

空き家問題の対策では、法律や条例が変わった時に、うまく利用した事業者だけが儲かっていて、当事者が恩恵を受けていないケースも見受けられるとのことです。

本日対談しました空き家問題の解消は、個々人の住まいの側面の他、地域の活性化や地域の防災にも繋がっていきます。

言葉ではひとくくりですが、空き家問題は、地域ごとに事情が全然違ってきます。

それぞれの地域について現場の声をしっかり聞いて、問題の本質を捉えた上で対策をとることがとても重要です。

一つ一つの問題と正面から向き合って、安心・安全に暮らせる社会を実現していきたいと思います。


*谷中での成功事例*

 台東区の谷中では、エリア全体を体験型ホテルに生まれ変わらせました。

普段はカフェやイベントスペースとして使用されている建物で宿泊のチェックインを行い、そこで地域の観光マップをもらい、数分離れた宿泊棟 へ案内されます。

いずれも価値が失われた建物をリノベーションしたものです。

大浴場はそのエリア内にある銭湯で。

レストランは、そのエリアで評判の飲食店で。

お土産は、商店街やエリアの路地に店を構える雑貨屋で購入し、

エリア内にあるお稽古教室やお寺で文化体験もできます。

さらに自転車屋さんでレンタサイクルを借りることもできます。

イメージとしては、エリア全体が一つの大きなホテルになっていて、宿泊者をエリア全体でもてなします。

また、単にサービスを提供するのではなく、宿泊者がリアルな地域コミュニティーに参加できるといった「体験」が新たな価値を生み出しているのです。

一方で、エリア内の既存店舗が活性化することで、エリア全体に新た な活気や潤い・賑わいが生まれ、店舗や体験型施設も増えていきます。

これが儲かるエリアづくり、ストリートづくりのモデルの一例です。